
統合失調症を乗り越えて復活した芸人・ハウス加賀谷が語る”お笑いの意味”
NHK Eテレでは、ことし4月6日から、『バリバラ~障害者情報バラエティー~』が放送されている。公式サイトに「これまでタブー視されていた障害者の性やお笑 いのジャンルにも果敢に切り込みます」とある通り、”バラエティーを通してバリアフリーを考える”を番組のコンセプトとしている。人道的に見れば、障害者 を笑い物にすることは決して許されることではない。しかし、番組に出演している障害者たちの”笑われる”のではなく”笑わせたい”という情熱は、テレビを 通して伝わってくるものがある。
この『バリバラ』に、プロのお笑い芸人が自らの障害をカミングアウトして出演している。お笑いコンビ「松本ハウス」のハウス加賀谷さんだ。 1990年代の『ボキャブラ天国』(フジテレビ系列)では、「汚れなき壊れ屋」として、異常なまでのハイテンションを売りにして活躍した。しかし、”ボ キャブラブーム”の終焉とは無縁に、彼らは表舞台から姿を消した。その理由は、ハウス加賀谷さんが、精神疾患の一つである統合失調症を発病したからだ。
障害者と”お笑い”。一見すれば相反するものに見える。健常者は、つい障害者を腫れ物のように扱ってしまう。憐れみを受けたら笑ってもらうことが 不利になるお笑いの世界で、ハウス加賀谷さんは自らの病名をカミングアウトして舞台に立っている。彼にとって、あるいは障害者にとって、人を笑わせること の意味とはなんだろうか。10年近くの治療を経てお笑いに戻ってきたハウス加賀谷さんに、その心中を聞いた。…
- 全然知らなかった…。確かに、最近見ないなぁと思っていたけど(それ以前にテレビをあまり見ないけど)、闘病していたんですね。あのハイテンションは超真面目の裏返しだったと思うと、とても納得ができました。芸風は微妙ですが、同じ病気で悩んでいる人を元気付けて欲しいです。 (via ガジェット通信)
世界のベストレストラン50、首位はデンマークの「ノーマ」…日本2店
4月30日、世界最高のレストランを選ぶ「2012ワールドベストレストラン50(The World’s 50 Best Restaurants)」がロンドンで発表された。米紙ロサンゼルス・タイムズなどによれば、レネ・レゼッピ(Rene Redzepi)氏がシェフを務めるデンマーク・コペンハーゲンの北欧料理店「ノーマ(Noma)」が3年連続で1位を獲得した。
上位にはスペインのレストランが多く、2位はスペイン・カルターニャの「エル・セレール・デ・カン・ロカ」、3位はバスクの「ムガリッツ」が選ばれたほか、8位に「アルザック(Arzak)」がランクインした。
10位圏内のレストランは、4位はブラジル・サンパウロの「ディーオーエム(D.O.M)」、5位はイタリア・モデナの「オステリア・フランチェス カ—ナ(Osteria Francescana)」、6位は米国ニューヨークの「パー・セ(Per Se)」、7位は米国・シカゴの「アリネア(Alinea)」、9位は英国・ロンドンの「ディナー バイ ヘストン・ブルメンタル」、10位は米国・ ニューヨークの「イレブン・マディソン・パーク」が選ばれた。
気になるのは、日本などのアジア圏。東京の南青山にある「Narisawa」が27位、六本木の日本料理店「龍吟」が28位を記録し、日本からは2 店舗がランクインした。シンガポールの「イギーズ(Iggy’s)」は26位で「アジアにおけるベストレストラン賞」を獲得。中国からは香港の「アンバー (Amber)」が44位に入った。
ちなみに、現在官民挙げて「韓食(韓国料理)の世界化」を進めている韓国からは1店舗も選ばれなかった。これについて韓国のソウル新聞は、「韓国のレストランは1つも入っておらず、43位に入った米国の『フレンチ・ランドリー(The French Laundry)』」に韓国系シェフがいることで満足しないといけない」と伝えた。
「世界のベストレストラン50」は今年で10周年を迎え、ランク付けはシェフ、レストラン経営者、料理専門家800人以上の投票を経て決定する。 2013年には、アジアのベストレストランを決定する「Asia’s 50 Best Restaurants」が行われるそうなので、今回残念な結果になってしまった韓国からもランクインする可能性は高い。
- 「Narisawa」と「龍吟」ですね。商売柄重要なので、覚えておくことにします。 (via ガジェット通信)
自殺対策キャッチフレーズ『GKB47宣言!』に民間支援団体が抗議声明
政府が毎年3月に行う自殺対策強化月間のキャッチフレーズが「あなたもGKB47宣言!」に決まったことを受けて2012年2月6日、自殺対策に取り組む全国72の民間団体が、このキャッチフレーズの撤回を求め、共同で抗議声明を出した。
GKBとは「ゲートキーパーベーシック」の略。ゲートキーパーとは悩んでいる人に気づいて声をかけ、必要な支援につなげる存在のこと。自殺対策月間の今年度のテーマが『全員参加』ということから、ゲートキーパーの存在を広げていこう、国民全員が取り組んで行こうという意味合いで47(都道府県)を付け足し、「GKB47」となったようだが、人気アイドルグループ・AKB48に引っ掛けたネーミングであることは一目瞭然だ。
政府発表時、自殺対策推進委員の一部からも「自殺の標語としては違和感がある」などとして疑問の声が上がり、ネットでも批判の声が多数あがっていたが、いよいよ現場で実際に活動する人たちから怒りの声が上がった形だ。共同抗議の主な内容は
などといったもので、実際の現場の声が併記されている。
また同日6日の参議院予算委員会でも民主党・松浦大悟議員がこの問題を取り上げ、撤回を野田佳彦総理大臣や岡田克也内閣府特命担当大臣に求めたが、岡田大臣は「すでに決定したことで動き出していること。ただちに撤回するとは考えていない」、野田総理も「最初に聞いたときは違和感があった」としながらも、検討すると回答するにとどめた。この模様はニコニコ生放送でも中継され、視聴者からは「なめてんのか」「ふざけるな」「不謹慎」などと撤回に賛成するコメントであふれた。
- これには激しく憤りを感じる。百歩譲って「GKB47」は意味があるらしいから許すとしても、「あなたも」とか「GKB47!」の「!」とかは必要ないし、パステルカラーのちゃらちゃらした雰囲気も許せない。「GKB」の「B」だって、なんで「Basic」なんだ?自殺対策に基本も応用もないだろうよ。代議士だか官僚だか誰が考えたのかそんなもん知らないが、これを国会で披露してしまったことを本気で悩んでほしい。 (via ガジェット通信)
世の中の人々は“議論”というものに、なにか幻想を持っているようで、やたら「正しい議論とは、こうでなければならない」とハードルを上げる。で、そうなると結局、気軽に議論ができなくなり、肝心のコミュニケーションが沈滞する。しかたないので「これは議論ではなく、雑談だ」と言いわけして、議論をはじめる。議論ではないのだから、主張が支離滅裂でも根拠がなくていいわけだ(苦笑)。
こんな使い分け、俺は無意味だと思うのだけどね。そもそも議論が一貫した根拠のある主張でなければならない、というのが間違っているわけで、別にその場の思いつきであったり、主張が二転三転しても“議論”なのだ。もちろんそういう議論を有意義と感じるかは人それぞれで、そんな相手と議論したくない、という人もいるだろう。しかし議論したくなくなるのは何もそういう理由ばかりではないわけで、一貫した根拠のある論理的な主張をする相手であっても、議論したくなくなることはある。…
… と、それはそれとして、ここで議論と雑談の定義を披露してみたい。一般には議論とは上述のように根拠のある理論的な主張の論争であり、雑談とは逆にその場の思いつきを深く考えず気楽に語るものというイメージがある。
俺は別の定義を提案する。
議論とは不愉快なもの、雑談とは心地よいもの、だ。
世の中には“(正しい)議論”とは“心地よいもの”という幻想を持っている人が少なくない。なので議論で不快な目に会うと「これは正しい議論ではない」「正しい議論にならなかったのは相手のせいだ」となる。だがちょっと待ってほしい。議論が心地よいものだというのは、誰が決めたのだろう。議論とは本来不快なものではないのか。不快だからなるべく早く終わらそうと、効率のよい議論に努めるのだ。スポーツの試合とかも、気づいてない人がいるが、実は不快なのだ。戦い続けるのは不快だからこそ、早く勝ちたいと思うのだ。「良い試合ができた」というのは、早く勝てたということなのだ。
一方で雑談は心地よいものだ。いつまでも続けていたい。続けることが目的なのだ。これはたとえばスポーツでも得点や勝ち負けなどにこだわらず、ひたすらプレイするのにも似ている。昼休みにやるバトミントンは、相手が打ち返せるように打つ。続けて打ち合うのが楽しいのであって、相手が打ち返せないような球(羽根)を打ってはいけない。草野球でも、相手チームが戦意喪失するほど打ち負かしてはいけない。楽しむのが目的だからだ。…
… 議論は勝ち負けではないとよく言う。スポーツは勝ち負けのゼロサムゲームだが、議論はお互いが協力して成果を生み出すものなのだ、と。俺はこの比較はおかしいと思う。スポーツでも互いの技術の向上はある。その意味では双方が得をしているわけだ。しかし試合中はあくまでゼロサムゲームだ。議論も同じで、たしかに議論の成果はゼロサムゲームではない。片方では到達出来なかった思考領域に到達する手段が議論なのだ。しかしあくまでそれは成果物であり、議論をプレイしている最中は、ゼロサムゲームなのだと思う。互いに必死になって相手を打ち負かそうとすることでスポーツの技術が向上していくように、互いに相手を論破しようと努力することで、結果的に双方が成果物を得られる。…
相手の主張を理解するというのは、相手の思考アルゴリズムを自分の思考アルゴリズムの一部にコピーすることであり、必ずアルゴリズムの分析が伴う。
スポーツでも勝つには相手の行動のアルゴリズムを分析しなければならない。相手の行動のアルゴリズムを自分の中にコピーすることで、相手の行動が予測可能になり勝つことができる。
“論破しようとする”という行為は、自分の中に作った相手の思考アルゴリズムのモデルと、実物の相手の思考アルゴリズムの差を比較・分析し両者を一致させようとすること。論破しようとすることで、どうしても論破できない部分(両者の差)が見えてくる。相手よりも相手の思考アルゴリズムを深く分析できて初めて論破できる。
単なる情報交換にはこれがない。議論を静的な情報(データ)の交換としか捉えていない人にはピンとこないかもしれない。理解とは情報(データ)のコピーではなく、プロセス(アルゴリズム)のコピーなのだ。
- なかなか鋭い考察である。後半で「論破」という言葉を、アルゴリズムという言葉で正当化している点も見逃せない。議論は良いもので雑談は悪いものという近視眼的な考え方を、論理的なひとつの見地で説明している面白い記事だと思う。 (via ガジェット通信)
家電専門店やアニメショップが立ち並ぶ”オタクの街”東京・秋葉原で、2012年1月8日、地域活性化イベント「アキバ大好き!祭り2012」が開 催された。アニメグッズからメイド喫茶、鉄道模型や家電まで、秋葉原の街を構成する約50の店舗が一同に会し、物販、実演・体験コーナーが用意されたほ か、「アキバ系アイドル」のステージライブが開催。家族連れや外国人など多くの人で賑わった。
イベントは、”「電気・電子部品街」「ものづくり支援の街」としての秋葉原の再興と「ポップカルチャーの聖地」としてのアキバとの共存共栄をテーマに地域活性化をおこなう”をコンセプトとして、地元企業により企画されたもの。…
- 過去の電気街を懐かしむ人間としては、こういうのは理解に苦しんでしまう。そもそも、メイド文化はアニメオタクが持ち込んだものだ。パソコンマニアと彼等との接点が、いつのまにか曖昧になって溶け込んでしまったのである。それが悪いとは言わないが、区別が欲しいとひとりで嘆く。 (via ガジェット通信)
ついに「物」がインターネットアカウントを持ってコミュニケーションする ー Twineはその前兆
ある部屋の室温がxx度になったら、エアコンのスイッチを入れるよう通知してほしい? あるいは、洗濯機が仕事を終えたことを? それなら、MIT Media Lab出身のSupermechanicalが作ったTwineだ。上の画像のように、2.5インチ四方のゴム片で、中にWiFiを内蔵し、”物”が特定の条件になったら”通信”してくれるのだ。
Twineの単純なデザインはSquareに似ているが、これ と’Spool’というWebアプリを併用することにより、ユーザは内蔵のセンサーを自然言語でプログラミングする。たとえば、さきほどの洗濯機の例な ら、”When: accelerometer is at rest, Then: Tweet”*、となるだろう。〔*: When: 加速度計が停止したら、Then: ツイートせよ〕
Twineは電池で動き、SMSやTwitter、メール、HTTPのリクエストなどにより人とコミュニケーションする。…
… Twineのベーシックバージョンが内蔵しているのは、温度センサーと加速度計だが、オプションの外付けセンサーとしてドアの磁力スイッチ、湿度センサー、ユーザがそのほかのセンサーを自由に付加するための専用ボード、などを使える。今Kickstarterで資金を募集中なので、それが得られればさらにそのほかのセンサーを増設したいそうだ。その候補は、RFIDリーダー、圧力センサー、電流センサー、などだ。
Hacker Newsに載ってからは、6万ドルの資金が集まった。あなたもKickstarterで90ドル寄付したら、Twineを一つもらえる。家に何でもあるけ ど、Twitterのアカウントを持ってる冷蔵庫のドアだけはないね、というお友だちにあげるには、絶好のプレゼントだよ。
でも、どうなの?実用性は?、と聞いたらSupermechanicalのDavid Carrは曰く、”まだまだ未完成な部分が多いけど、これまでのところは、うまくいっている。ぼくたちの能力が心配な人は、ぼくらのこれまでの仕事や履歴を見ておくれ”、と。… そうか、わかったよ!
- この手のガジェットはこれまでにも作られてきた。Arduinoだってそうだ。ネットワーク用のシールドを使えば、フィジカルな世界を簡単にネットワークに取り込むことができるだろう。ー それをもっと簡単に使えるようにして、そう、インテリジェントにすることで広がるアイディアは無限大だ。環境を示す精度の低い情報であっても、リアルタイムにつぶやくことで、その情報に付加価値が付くだろう。たとえばガイガーカウンターはどうか?そんなもの、必要ないに越したことはないのだが…。 (via TechCrunch)
“ネルフ津田沼支部”登場!?『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』をテーマにしたカラオケルーム
使徒せん滅のための特務機関NERV(ネルフ)が斜陽のカラオケ産業を救う? 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の世界観で統一した、テーマパーク性あふれる カラオケルームが11月1日、千葉・津田沼に登場します。部屋の使用時間タイマーに「活動限界まであと0:30:00」と表示するなど、内装からフードや ドリンクまで『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』のイメージを演出。これまでにないカラオケルームで集客を狙います。…
… 『ネルフ津田沼支部』は、11月1日にリニューアルオープンするU-STYLE津田沼店のうち、1フロア(7室)に作られるもの。エントランスには物販 コーナーを設置し、展示物やスタッフの制服に至るまで『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の世界観を演出。フードやドリンクも『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』をイ メージしたオリジナルメニューを展開します。『ヱヴァンゲリヲン』ファンなら、一度はチェックしてみたい空間ですね。…
- これはもうテーマパークと呼ぶにふさわしい。Yszwさん、行かなきゃ!だね。 (via ガジェット通信)
「ベッドから『よいしょ』って起きられなくなった」仕事でうつを患った経験を聞いた
Dさん(30代・女性)は、都内の某金融機関で働いている。仕事の忙しさからうつを患い、1年間の休職を経験した。現在は復職しているが、「いまだに、 立った状態では電車に乗られないですね」と話す。うつは、誰にでも起こり得る疾患である。しかし一方で、職場での偏見や風当たりも強い。Dさんの場合はど うだったのか、話を聞いた。
当時の様子を教えてください。
「徐々に、会社に行けなくなったんですよ。それまでは、夜中の3時ぐらいに家に帰っても、上司の相手で飲みに行っても、ちゃんと朝起きて、会社に行けてた。それが、目は覚めるんだけどエンジンかからない。電車に乗る段階で動けなくなる人とか、色々なパターンがあるらしいんですけど、わたしの場合は、 ベッドから『よいしょ』って起きるところが駄目だった。家から出なきゃいけない時間なのに、何もしてない……。
ある日、会社に連絡することもできなくなった。始業時間を過ぎて、職場から電話がかかってくるんだけど、欠勤の連絡が出来ない申し訳なさで、出られないん です。結局、上司から『君と連絡取れなくて、行方不明だって騒ぎになってる。連絡しなさい』ってメールがきて、その段階で、お休みを取ることになった。結 局実家に帰って、3ヶ月ぐらいは寝たきりでしたね。うつって、本当に寝たきりになるんですよ」
どのような治療を受けたんでしょうか?
「基本的には投薬と、休養です。寝たきりを脱出して、しばらくしてだいぶ動けるようになった。気力が戻ってきて、会社に戻りたくなったけど、それだ けだと『復職していいよ』とはならないんですよ。医師と会社のすすめもあって、復職のためのトレーニング(著者注:いわゆるリワークと呼ばれる)を、専門の施設で受けました。半年ぐらいやりましたね。… 」
『ツレがうつになりまして。』(細川貂々・幻冬舎)が話題になっていますよね。
「あの人の漫画は、まさに読んでました。病院とかに置いてあるので。うつの患者にとって、病状を客観的に見たものとしては、リアルだと思います。
例えば……うつになった旦那さんが、症状がすごく深刻になる前に、お気に入りの歌手のコンサートに何回も何回も行くシーンがあるんですけど(著者注:『イグアナの嫁』細川貂々・幻冬舎)、病状が進行してくると、自分が前に進めないってことが、なんとなく分かってくるんですよ。それを何とかしようって、あがくために、何かの力を借りようとする時期がある。それが彼の場合は、コンサートだったんだと思う。わたしは色んな趣味とかにハマったり、いっぱい友達に会いに行ったりとか。プライベートを無理やり充実させて、ストレスを発散出来ればうまく行くのかと思うんですが、その状態が立ち行かなくなると、倒れちゃう……。他にもうつの治っていく過程なんかはリアルで、私はすごい共感しました」
その後、Dさんは無事職場に復職した。しかし…
「体調が戻らなくて、たびたび休まざるを得なかったりということが続いてました。どんな仕事でもいいから、何か仕事を振って欲しいんだけど、復職して初めて分かったけど、病後で注意力などが凄く落ちていて、ちゃんと教えてもらわないとできない。何が駄目なのか分からないまま、『もう、やらなくていい よ』って言われて、仕事が回ってこなくなる。自分では、言われてる通り、やってるつもりなんですけどね……。
『病気なのに引きとってもらってる』って負い目もあって、なかなか意見も言えないから、結果的に仕事が雑用ばっかりになっちゃったんですよ。その雑用もコンスタントにあるわけじゃないし、結局、すごく暇だった。上司も忙しいから放ったらかしですしね。それがずっと続いて、将来どうなっちゃうんだろうって不安もあった」…
- もう、激しく同意してしまう。「ツレうつ」もそうだったのだが、なぜ共感するのかをこれまで何度も考えてみた。その答えはいつも単純に導出されて、「同じ病気だから、同じ症状なのだ」ということになる…。体の病気なら、その辛さは罹患していなくてもなんとなくわかるけれど、心の病気は理解しようとしても乗り越えられない壁と、心の病気になってしまったことによる経験の、その差がなかなか埋められないのだと思う。みんな本当に同じような経験をして、不安と失望に苛まれながら、なんとか立ち直ろうとする自分自身の姿に情けなくなる。それでも一歩ずつ前進するしかないことに、いつでも焦燥を禁じ得ない。そして、そのことが自分だけでなく、自分を支えてくれる人達の期待に答えられているかという自問自答に、普通の現実を過ごすあいだはずっと、疑心暗鬼になるのだ。 (via ガジェット通信)
- 【追記】「同じ病気だから、同じ症状なのだ」は、半分は間違いだ。正確には「同じ症状を、同じ病気としている」のだろう。だからこそ、治療法の確立や薬剤の開発ができるというものだ。卵が先か鶏が先かみたいな論議だから、そのことにあまり言及しても意味はないけど…。